千葉地方裁判所佐倉支部 昭和45年(ワ)46号 判決 1971年8月09日
原告 関東油脂株式会社
被告 千葉燃料工業株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(請求の趣旨)
「債権者原告、債務者豊島石油株式会社、所有者原村博雄間の千葉地方裁判所佐倉支部昭和四五年(ケ)第六号不動産競売事件について同裁判所が作成した競売代金交付表のうち被告に対する部分を取消し、これを原告に交付する旨変更する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める。
(請求の趣旨に対する答弁)
主文と同旨の判決を求める。
(請求の原因)
1 原告は、債権者原告、債務者豊島石油株式会社(所在地東京都、以下旧豊島石油という)、所有者原村博雄間の印旛郡八街町八街字西光明坊に四八番三一畑一〇六二平方メートル(以下本件土地という)に対する昭和四二年一一月一一日債務弁済契約の同日設定契約による債権額七八六万五六九〇円、損害金年三割の債権を担保するため千葉地方法務局八街出張所同月一四日受付第二三〇八号をもつて登記した抵当権に基づき、被担保債権残額五四六万五六八〇円の取立てのため千葉地方裁判所佐倉支部(以下当庁という)に対し不動産競売の申立てをなし、当庁昭和四五年(ケ)第六号事件として係属し、その競売代金の交付期日を同年八月二八日午前一〇時と指定され、その通知を受けた。
2 被告は、本件土地に対する債務者豊島石油株式会社(所在地印旛郡八街町以下豊島石油という)、抵当権者日産プリンス千葉販売株式会社(以下日産プリンスという)間の昭和四二年六月一九日金銭消費貸借の同日設定契約による債権額三〇〇万円の債権を担保するため前記八街出張所同日受付第一二六二号をもつて登記した抵当権の被担保債権を昭和四四年五月一〇日日産プリンスに代位弁済し、同日日産プリンスはこれを承諾し、さらに豊島石油に対して同年九月二日被告が代位弁済した旨を通知したとして、昭和四五年八月二〇日当庁に対し競売代金の交付請求をし、当庁はこれに基づいて競売代金一八七万〇七三〇円を被告に交付するとの交付表を作成した。
3 しかし、日産プリンスと豊島石油との間に結ばれた金銭消費貸借契約、抵当権設定契約は無効であり、被告の代位弁済も無効であるから、被告はその主張の被担保債権を有しない。したがつて、当庁が作成した交付表は事実に反するので、被告に対する交付分を取消し、その全額を原告に交付すると変更すべきである。
よつて、請求の趣旨記載の判決を求める。
(請求の原因に対する答弁)
1のうち原告主張の競売の申立てがなされた事実は認めるが、原告の旧豊島石油に対する債権額、その発生原因の事実は知らない。2の事実は認める。3の主張は争う。
(抗弁)
1 日産プリンスは昭和四二年六月ころ有限会社今関モータース(以下今関モータースという)に対し約一〇〇〇万円の売掛代金債権を有していたが、その回収が不能となつた。豊島石油はそのころ今関モータースに約三〇〇万円の土地買受代金債務を負つていた。そこで、日産プリンス、今関モータース、豊島石油は協議のうえ、豊島石油が今関モータースの日産プリンスに対する債務のうち三〇〇万円を引受け、今関モータースに支払うべき三〇〇万円をこれに充てる旨の合意をした。
そして、豊島石油は同月一九日日産プリンスとの間に豊島石油が引受けた三〇〇万円の債務を目的として準消費貸借契約を結び、利息を含めて昭和四二年六月から毎月一二万四〇〇〇円ずつ二五回に分割して支払うことを約定し、この債務の履行を担保するため松戸忠夫所有名義の本件土地(農地法の許可を条件とする所有権移転仮登記が経由され、実質的には豊島石油代表取締役豊島清の義弟原村博雄の所有であつた)に抵当権を設定し、本件土地について日産プリンスのため前記八街出張所同年六月一九日受付第一二六二号抵当権設定登記を経由した。また、豊島石油は右の準消費貸借契約に基づく債務の支払いのためにいずれも金額を一二万四〇〇〇円、満期を各分割弁済期日、支払場所を両総信用金庫本店、受取人を日産プリンスとした約束手形二五通を振出し、これを交付した。
2 豊島石油はもと旧豊島石油の千葉支店として営業していたが、旧豊島石油が昭和四一年一二月二五日ころ倒産したのちこれから独立し、昭和四二年六月ころ設立されたものである。被告は旧豊島石油に約九〇〇万円の売掛代金債権を有していたが、豊島石油はこの債務を承継した。それは豊島石油が営業のための商品を仕入れるのに被告との取引を継続する必要があつたからである。ところで、設立してまもない豊島石油にとつて日産プリンスに対する三〇〇万円、被告に対する九〇〇万円の債務を履行するのは過重な負担であつた。豊島石油は昭和四二年六月被告に対し九〇〇万円の債務の一部棚上げを申出た。そこで、被告と豊島石油はそのころ協議のうえ、(イ)豊島石油は被告に九〇〇万円を約定どおりに支払う、(ロ)被告は豊島石油の日産プリンスに対する三〇〇万円の債務を重量的に引受けてこれを支払う、(ハ)日産プリンスに対する債務の支払いが完了し、被告が日産プリンスに法定代位してその抵当権を行使できるようになつたとき豊島石油は本件土地の所有権を被告に移転する旨の合意をした。被告は右の三〇〇万円の債務を支払うことによつて豊島石油に対する九〇〇万円の債権を回収でき、本件土地を取得できることとなつた。
3 そこで、被告は1の豊島石油振出の約束手形の各満期に各手形金相当の一二万四〇〇〇円ずつの現金を豊島石油に交付し、豊島石油はこれを支払場所の両総信用金庫本店に入金して各手形金を支払つた。最終の満期の手形については被告が直接日産プリンスに現金で支払つた。すなわち、被告は豊島石油のため三〇〇万円を日産プリンスに支払つて、任意または法定の代位弁済をしたので、日産プリンスから豊島石油に対する三〇〇万円の債権と本件土地に対する前記抵当権を譲受けた。したがつて、被告が当庁に対してなした競売代金の交付請求は有効である。
(抗弁に対する答弁)
1の事実は知らない。被告主張の日産プリンス、豊島石油間の本件土地に対する抵当権の被担保債権は被告主張の準消費貸借契約に基づくものではなく、金銭消費貸借契約に基づくものである。日産プリンスは豊島石油に三〇〇万円の現金を現実に交付しなかつたので、その消費貸借契約は無効であり、これを担保するための抵当権設定契約も無効である。豊島石油が振出した約束手形二五通の手形債務が抵当権の被担保債務となるのではない。2の事実は知らない。3のうち豊島石油が被告主張の約束手形の手形金をその支払場所で支払つた事実は認めるが被告が豊島石油のために弁済をした事実は否認し、その余の事実は知らない。豊島石油は昭和四二年六月三〇日から昭和四四年六月三〇日までの間に約束手形二五通をもつて日産プリンスに三〇〇万円の債務を弁済したから、日産プリンスの債権と抵当権はこれによつて消滅した。また、被告は豊島石油の日産プリンスに対する債務を弁済するについて正当な利益を有しなかつたのであるから、日産プリンスの承諾を得ないでなした弁済は代位弁済の効果を生じない。
(証拠)<省略>
理由
成立に争いのない甲第一、第二号証と証人浅井清一、中田晴久の各証言を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち、原告は旧豊島石油に約束手形一〇通の手形金七五五万三六一〇円と石油類等の売掛残代金三一万二〇八〇円の合計七八六万五六九〇円の債権を有していた。旧豊島石油は昭和四一年一二月に不渡手形を出して事実上倒産した。原告はまもなく旧豊島石油に対して破産手続の申立てをしたが、旧豊島石油らとの間に債務弁済契約ができたので、昭和四二年一二月二三日東京簡易裁判所で旧豊島石油らと即決和解を成立させ、「(一)旧豊島石油は原告に対し債務合計七八六万五六九〇円を同年一〇月末日から昭和四五年九月末日までの間に三六回に分割して支払う。(二)旧豊島石油が割賦金の支払いを一回または二回分以上怠つたときは期限の利益を失い、年三割の割合による遅延損害金を加算して支払う。(三)旧豊島石油は右の債務を担保するため本件土地について順位第二番目の抵当権設定登記、停止条件付代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記をする」などと約定した。原告は本件土地について前記八街出張所昭和四二年一一月一四日受付第二三〇八号をもつて同月一一日債務弁済契約の同日設定契約による債権額七八六万五六九〇円、損害金年三割、債務者旧豊島石油とする抵当権設定登記を経由した。
原告が右の抵当権に基づいて被担保債権残額五四六万五六九〇円の取立てのため当庁に不動産競売の申立てをなし、当庁昭和四五年(ケ)第六号事件として係属した事実は当事者間に争いがない。
被告が次のように主張して昭和四五年八月二〇日右競売申立事件について競売代金の交付請求をなし、当庁がこれに基づいて競売代金一八七万〇七三〇円を被告に交付するとの交付表を作成した事実は当事者間に争いがない。すなわち、被告は債務者豊島石油、抵当権者日産プリンス間の昭和四二年六月一九日金銭消費貸借の同日設定契約による債権額三〇〇万円の債権を担保するため前記八街出張所同日受付第一二六二号をもつて登記した抵当権の被担保債権を昭和四四年五月一〇日日産プリンスに代位弁済し、同日日産プリンスはこれを承諾し、さらに豊島石油に対して同年九月二日被告が代位弁済した旨を通知した。
そこで、前記甲第一号証、公証人作成部分については成立に争いがなく、その余の作成部分については証人南村静思の証言によつて成立を認める乙第一号証、同証人の証言によつて成立を認める同第三号証、作成日付部分以外の部分について成立に争いのない同第五号証、証人浅井の証言によつて成立を認める同第七号証、証人安生郁郎の証言によつて成立を認める同第八号証の一ないし五、証人南村、森塚充規、浅井、安生の各証言を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち、日産プリンスは昭和四二年六月ころ今関モータースに約一〇〇〇万円の売掛代金債権を有していたが、その回収が難しい状況にあつた。豊島石油は旧豊島石油の債務を引受けていたが、そのころ今関モータースに約三〇〇万円の土地買受代金債務と被告に約九〇〇万円の買掛代金債務を負つていた。そのため日産プリンスは同月一九日豊島石油との間に「(一)豊島石油は日産プリンスに対し今関モータースが日産プリンスに対して負担している債務のうち三〇〇万円を引受けて支払うこととし、日産プリンスはこれを承諾する。両者はこの引受債務を元本三〇〇万円の金銭消費貸借債務に引直すことを合意する。(二)豊島石油は日産プリンスに対し元本三〇〇万円に利息一〇万円を加えた三一〇万円を一二万四〇〇〇円ずつ二五回に分割し、これを昭和四二年六月から昭和四四年六月まで毎月末日かぎり支払う。(三)豊島石油は(一)の債務の履行を担保するため日産プリンスに対し本件土地について抵当権を設定する」との準消費貸借契約と抵当権設定契約を結び、本件土地について前記八街出張所同日受付第一二六二号の抵当権設定登記を経由した。また、豊島石油は右の分割金の支払いのためいずれも金額を一二万四〇〇〇円、支払場所を両総信用金庫本店、受取人を日産プリンスとし、満期を各分割弁済期日とした約束手形二五通を振出し、これを日産プリンスに交付した。豊島石油は昭和四二年六月ころ被告に対し九〇〇万円の買掛債務のうち三分の一を棚上げしてほしいと申入れたが、被告はこれに応じなかつた。しかし、被告は設立して日の浅い豊島石油の資金繰りを顧慮し、右の棚上げに応じない代りに豊島石油が日産プリンスに対して支払うべき分割金の資金調達を引受けることとし、その支払いが完了したら本件土地の所有権を被告に移転することを約束させた。被告は昭和四二年六月から昭和四四年二月まで毎月末日に現金一二万四〇〇〇円ずつを豊島石油に持参し、豊島石油はこれを支払場所に入金して日産プリンスに対する約束手形金を支払つた。日産プリンスは昭和四四年三月中旬ころ被告と豊島石油から説明を受けて被告が豊島石油振出の約束手形の決済資金を調達していたことを知り、残りの手形四通についても同様の方法で決済されることを承認した。被告は同年六月まで毎月末日に現金一二万四〇〇〇円ずつを豊島石油に交付し、手形金全部の決済資金を調達した。日産プリンスは昭和四四年五月一〇日被告、豊島石油と協議をして、被告が豊島石油の日産プリンスに対する準消費貸借による債務三〇〇万円を豊島石油のために弁済したことを承認し、その債権債務関係について被告が日産プリンスに代位することを承諾した。被告はまもなく日産プリンスから豊島石油の作成した「金銭消費貸借並に抵当権設定契約書」と本件土地に対する前記抵当権の移転登記に必要な書類を受取り、本件土地について前記八街出張所同年九月二四日受付第二七四五号をもつて同年五月一〇日代位弁済を原因とする抵当権移転登記を経由した。また、日産プリンスは「昭和四四年九月二日」の確定日付のある「通知書」をもつてそのころ豊島石油に対し「被告が日産プリンスに代位し、日産プリンスが被告に借用証書と抵当権移転登記の必要書類を交付した」旨を通知した。証人森塚の証言によつて成立を認める甲第四号証と証人中田の証言は前記の各証拠と対比して右の認定を左右するにたりないし、他に右の認定を左右するにたりる証拠はない。
右の認定事実によると次のようにいえる。すなわち、(一)本件土地について設定された抵当権者日産プリンス、債務者豊島石油間の抵当権は登記簿上その登記原因が金銭消費貸借による設定契約と記載されていて事実と符合しないが、その被担保債権は両者間の準消費貸借契約によつて有効に発生し、その設定契約も有効に成立しているから、実体関係と符合するものであり、有効である。(二)豊島石油の日産プリンスに対する債務の弁済は豊島石油がその名においてなしたのであるから、形式上は豊島石油が弁済したことになる。しかし、その資金は全部被告が調達したものであり、被告は豊島石油に対する自己の債権の回収を図る手段としてその資金調達を引受けたのであつて、将来その調達した金員の債権を豊島石油に求償することになつていたのであるから、実質上は被告が豊島石油の日産プリンスに対する債務を弁済したものとみることができる。すなわち、被告はいわば隠れたる弁済者であつて、豊島石油のためにその債務を弁済した者に該当する。(三)日産プリンスは当初被告が豊島石油のために分割金の支払いをしていたことを知らなかつたが、昭和四四年三月にこれを知り、残りの分割金についても被告がその支払いをするのを承認したうえ、同年五月一〇日豊島石油に対する三〇〇万円の債権と本件土地の抵当権について被告が日産プリンスに代位することを承諾した。
被告は昭和四二年六月から昭和四四年六月までの間に二五回にわたつて豊島石油のため日産プリンスに合計三一〇万円を支払つたのであるが、その債権関係は一個の準消費貸借契約から発生したのであるから、債権者が弁済者のために代位を承諾するについてその最終弁済期に近い時点でその債権額全額について一括してこれを行なうのは適切な措置である。したがつて、日産プリンスが被告のためになした代位の承諾は有効であり、被告はこれによつて豊島石油に対する三〇〇万円の債権と本件土地の抵当権を取得した。日産プリンスはそののち確定日付のある書面をもつてその旨を豊島石油に通知しているし、被告はそののち本件土地について抵当権移転の登記を経由しているから、被告は代位の効果を原告に対抗することができる。
前記の争いのない事実と成立に争いのない甲第三号証によると、当庁昭和四五年(ケ)第六号事件の競売代金は一九二万六〇〇〇円であつたので、当庁は同年八月二八日その代金から競売費用五万五二七〇円を差引いた一八七万〇七三〇円の全額を被告に交付するとの代金交付表を作成した事実を認めることができ、前記の認定事実から明らかなように被告の抵当権は原告の抵当権より先順位にあるから、当庁の作成した代金交付表は正当である。
よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤一隆)